理学療法士の出世コースに、「経営管理部長」という椅子はありませんでした。
主任、科長、リハ部長——キャリアの地図はそこで終わっていて、その先は医師と事務方の世界。私もずっと、そう思っていました。
新卒で整形外科病院に入職して、毎日、臨床に明け暮れました。単位いっぱいまで患者さんを診る。
業務にはなんとなく慣れ、なんとなく患者さんを良くしている気になっていた。2年目には、入院と外来をたくさん診る日々に疲れて、正直こう思っていました。
「理学療法士って、こんなもんかな」
その私が今、経営管理部長として、病院の数字を見て、採用や給与の見直しに関わり、監査や保健所とやり取りしています。
何が変わったのか。
振り返ると、きっかけは昇進でも資格でもなく、たった一つの「気づき」でした。
この記事では、その気づきと、そこから実際にやってきた行動、考え方の原則を全部書きます。
臨床の先のキャリアを考えているPT・OT・STに、一つの実例として届けば嬉しいです。

- 理学療法士として臨床経験15年以上
- 元リハ部長、現経営管理部長
- 多くの採用・昇進の評価をする側を経験
- 整形クリニック複数の経営に関与
- 自身も昇進・キャリアアップで年収アップを実現
- 論文を年間200本以上チェックし、正確な情報を発信
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転機:3年目、「即答」した新規開業
3年目のことです。病院が新規事業として、別の地区に新しく施設を出すことが決まり、声がかかりました。
「リハ主任として行かないか?」
即答で「行きます」と答えました。
正直、深い戦略があったわけではありません。ただ、「こんなもんかな」と思い始めていた日常の外に出られる気がした。実際、開業準備は忙しかったけれど、いつもと違う業務は新鮮で、久しぶりに仕事が楽しかった。
今振り返ると、キャリアの分岐点は、この「即答」でした。準備ができてから手を挙げようとすると、準備は永遠に終わりません。チャンスは、準備の完了を待ってくれない——これは後輩に必ず伝えていることです。
開業初日、待合室に誰もいなかった
そして開業してみて、私の考えは180度変わりました。
病院にいたときは、患者さんがいることが「当たり前」でした。朝出勤すれば予約は埋まっていて、目の前には治療する相手がいる。単位をどう埋めるかだけを考えていればよかった。
新規開業の施設には、その「当たり前」がありませんでした。
誰も来ない。待ってくれている患者さんが、いない。
このとき、雷に打たれたように気づいたんです。
「患者さんがいることは、当たり前じゃない。治療させてもらえることは、当たり前じゃない」
病院の看板、立地、これまでの誰かの積み重ね——自分が「臨床に集中できていた」のは、それらが患者さんを連れてきてくれていたからでした。
ゼロの待合室は、それを一瞬で教えてくれました。
私のキャリアの話は、突き詰めればこの気づきの話です。
ここから先にやったことはすべて、「では、選ばれるためにどうするか」の実行にすぎません。
やったこと①:「選ばれる場所」を作る
まず、来てくださった患者さんに選ばれ続けるための土台を整えました。
- リハビリの質と教育システムの見直し:提供するサービスそのものが商品。スタッフ間で質のばらつきが出ない仕組みを作る
- 接遇の徹底:リハだけでなく、受付、看護も含めて。患者さんは「施設全体」を体験して帰る
- 院内を清潔に保つ:掃除です。地味ですが、選ばれる施設の最低条件
- 法律を学んだ上での発信:医療法・薬機法(旧薬事法)を勉強し、違反しない範囲で施設の強みをアピール・宣伝する
どれも特別なことではありません。ただ、「患者さんは来て当たり前」と思っている施設は、これを本気でやりません。当たり前を疑った瞬間に、全部が「やるべきこと」に変わりました。
やったこと②:数字を雑に扱わない
次にやったのが、現状をデータで語れるようにすることでした。
- 単位数の管理、リハビリの離脱率・継続率
- 患者満足度のアンケート
- 来院までの動線分析:どこから来たか、なぜ当院を選んだか、その理由
- それらのデータのまとめと、問題点・対策の整理
感覚で「最近患者さん増えた気がする」ではなく、数字で「先月比で新患が〇%増、経路は〇〇が最多」と言える状態にする。
そして、そのデータと問題点・対策・次にやることを、随時、理事長に報告しました。
誰かに指示されたわけではありません。
でも、これが結果的に、私のキャリアを動かした行動だったと思います。
やったこと③:医師を巻き込む
リハビリは、医師の処方がなければ始められません。
つまりリハ部門の成果は、医師との連携の質で決まります。
- 医師を含めた勉強会を月1回実施。「リハビリではこんなことをしている」を知ってもらう
- 非常勤の医師にも、患者数やリハビリ処方数のデータを定期的に提出。経営への意識を共有してもらい、処方率の向上につなげる
医師は臨床のプロですが、リハ室の中で何が起きているかは、伝えなければ見えません。
「伝える仕組み」を作ることは、リハ職側の仕事だと考えていました。
やったこと④:外に出る
院内だけでなく、自己投資として県内・県外を問わず勉強会に参加しました。そこで出会った、さまざまな病院・クリニックの人たちから、他施設の問題や改善策の情報を集める。やがて自分で勉強会を立ち上げて、運営も経験しました。
この「外の人脈」は、思わぬ形で返ってきます。
人の紹介で、スポーツ現場でのプロスポーツ選手トレーナー活動に携わる機会をいただき、これは今も続いています。
外に出ることの価値は、スキルよりも視点です。
自分の施設しか知らない人と、10の施設の事例を知っている人では、同じ問題を見ても出せる答えの数が違います。
7年目、リハ部長へ。12年目、経営管理部長へ
こうした動きが積み重なり、施設は徐々に患者さんが増え、スタッフも増えていきました。
採用の面接にも関わるようになりました。
約7年目、リハビリ部長に昇進。
経営者会議に参加するようになり、そこで司会進行を任され、データを見せながら問題点と対策を提案する役割を担いました。
そして約12年目、経営管理部長に。
ここから見える世界がまた変わりました。
経営データにアクセスできるようになり、以前取っていた簿記3級の知識で貸借対照表が読めたことから、支出・収支のデータをもとに経費削減や増収のためのシステムを立案し、会議で提案していく。
人事の採用権や給与の見直しといった、経営に直結する仕事にも関わる。
監査や保健所、業者とのやり取り——理学療法士の教科書には載っていない仕事ばかりです。
最近の仕事で、手応えのあったものを一つ挙げます。ホームページの刷新です。
昔から使っていたデザインを新規に作り直し、SEO(検索エンジン最適化)とMEO(地図検索での最適化)を意識した設計に変え、Googleの口コミへの対策にも取り組みました。
結果、これまで検索でまったく上位に出なかった当院のホームページが、「県名+整形外科」の検索で1ページ目に表示されるようになり、当院が得意とする手術の名前で検索すると、一番上に出るようになりました。
数字は正直でした。
アンケートで「ホームページや口コミを見て来ました」と答える患者さんが目に見えて増え、得意とする手術の件数は以前より格段に増加。
遠方から手術を受けに来る患者さんまで現れました。
リハビリの単位を何年積み上げても届かない規模の増収を、検索順位という「仕組み」が生む——
「売上以上の貢献」とはこういうことかと、自分で実感した仕事です。
そして気づいた方もいるかもしれませんが、このブログをSEOを意識して運営しているのは、この経験の延長でもあります。
正直に書くと、臨床に関わる時間が減ったことへの葛藤はありました。
患者さんの「ありがとう」から距離ができる寂しさは、今もゼロではありません。
それでも、施設全体に貢献できるこのポジションには、臨床とは違う、確かなやりがいがあります。
臨床を守るスタッフがいて、経営を支える人間がいて、施設は回る。私は後者の役割で、患者さんに貢献する道を選びました。
私がやったことは、実はシンプルです
振り返って抽出すると、原則は4つしかありません。
① 「患者さんは来るのが当たり前ではない」を、すべての前提に置く この一つの認識が、サービス・接遇・発信・データ、全部の行動の源泉でした。
② 数字を雑に扱わない 現状をデータで出す。データから問題点と改善策を出す。実行して、結果を検証する。つまりPDCAを回す。特別な才能ではなく、やるかやらないかです。
③ それを経営者と、こまめに共有する ここが見落とされがちな急所です。
病院の経営者は医師です。経営が得意な人ばかりではありません。
だから、データを出して具体的な対策まで提案してくれるスタッフは、経営側から見て本当に貴重で、率直に言えば、喜ばれます。
黙って良い仕事をするより、数字と対策を持って経営者の隣に立つこと。
私のキャリアは、これで開きました。
④ 「売上以上の貢献」をする 理学療法士が診療報酬で稼げる売上には、上限があります(この構造は年収の記事で詳しく書きました)。
売上の上限が決まれば、施設が給料として出せる額もおのずと決まる。
では、給料の相場から抜けるにはどうするか。
リハビリで稼ぐ利益以上の貢献をすることです。
集患を増やす、増収や経費削減の仕組みを作る、組織を回す——「単位で稼ぐ」の外側で施設に利益をもたらせるようになったとき、あなたの給料は「PTの相場」ではなく「あなたの価値」で決まるようになります。
要は、その価値を施設と経営陣に提供できるか、です。
同じ道を考えるあなたへ:明日からできる一歩
「経営側なんて、自分には遠い」と思うかもしれません。12年前の私もそうでした。
でも、最初の一歩は驚くほど小さくていい。
自部門の数字を、一つだけデータにして、上司に見せてください。
離脱率でも、新患の経路でも、何でもいい。
誰にも頼まれていないのにそれをやるスタッフは、経営側から見ると、はっきり言って目立ちます(採用と評価をする側にいた人間の実感です)。
それを続けた先に、会議への同席があり、役職があり、もしかしたら経営側の椅子があります。
あわせて、簿記3級はおすすめです。
難しい資格ではありませんが、「お金の言葉」で施設を見る目が手に入ります。
臨床の言葉と経営の言葉、両方を話せる人材は、医療機関にはまだ本当に少ないのです。
「理学療法士って、こんなもんかな」——もしあなたが2年目の私と同じことを思っているなら、それは限界のサインではなく、視点を変えるタイミングのサインかもしれません。
臨床を極める道も、経営に向かう道も、外の世界とつながる道もある。
キャリアの地図は、教科書に載っているものが全部ではありません。
この記事が、あなたの地図に道を一本増やせたなら嬉しいです。

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